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資格より自信を

悦文カルチャーと、旧来の着付けスクールとの違いを聞かれると必ずお答えした内容に、「資格より自信を」というフレーズが入っています。

もともと着物を自分で着るのは当たり前の時代があり、和服から洋服への移行が戦争などの環境の変化で起こってきた後、絹製品は贅沢、手入れが難しいなどの理由できものを着る習慣がなくなってしまいました。

しかしながら、着物姿はこの国の女性の最高のフォーマルとして、また孫子に残していくものとして需要も底打ちしたのち復活を遂げていくのですが、それでも日常着の地位までは取り戻せず、礼装として煩いマナーと一緒に現在に至っています。
当然、日常着ではありませんので、きものを着ていく手順などは家庭内で伝承されず、自分で着物を着るには、専門の着付け教室に通って、自分で着ることを学ぶ という不思議な現象が当たり前になりました。

そして、着付けを教える教室で学んだ皆さんは、きものの魅力にひかれていく人が多数生まれ、学校としてもそこで着物の販売を盛んに行って、着付け教室の生徒=お客様という構図が出来上がっていくのです。このお客様の囲い込みには、お客様を更に次世代の生徒さんへの教員にしていくという、所謂免状商売へと発展させ、固定客としてつなぎとめていっていました。

悦文カルチャーの講師になりたいという希望で応募されてこられた人の中には、ある着付け教室で22年間、講師になる順番を待って助手を勤めてきたという人などもおられスタッフと一緒に驚いたことがあります。助手という期間はもちろん無報酬、交通費なども自己負担 いつの時代の徒弟制度か! という驚くようなケースです。

そこで悦文カルチャーでは、そういった講師資格 ← とはいっても、公的な資格は存在しませんのでその着付け教室の中で通用する資格です を取得する教室でなく、自分で着物を着ることが出来る という事だけを学んで頂く教室を作ってやって参りました。

自信 という言葉に含まれるものは、いつでも自分で着物を着ることが出来る自分 という着付けに対する自信という意味です。もう結婚の道具としての自分で着物を着ることが出来るのは当たり前 などという時代ではないですが、○○着付け学校の師範資格を持っています・・・・が自分では着れません では、なんとも悲しい資格です。
自分で着物を着てオシャレに出かける という楽しみは、決して資格でなく自信が必要ですね。
悦文カルチャーで、その自信、つけてみましょう。


編集部:この内容は以前のブログの一部を改訂・編集して、編集部が起題したものを掲載しています。
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端裂 2

≪前回より≫編集部

-着物を作った時に出る残布について、保管をしたままでは? というお話の続きです-

この保管された残布、昔の方はそれぞれバッグを作ったり、袱紗に加工されたりとご自分で工夫をなさっていたものですが、今ではなかなかそんな縫い物をされる方は稀です。
紋紗で作ったバッグ18-09-01

写真は、その余った布で作られたバッグです。よく見て戴くと分かるのですが、驚くことに、このバッグの素材は、紋紗と呼ばれる夏物の生地なのです。これは悦文カルチャーの生徒さんに依頼されて職人が作り上げたもので、紋紗という薄手の生地を普通の方がこのような加工を施すのは無理があります。

実際、バッグにしたいという要望をお聞きしたときに悦文カルチャーのスタッフは一度お断りをさせていただいたのですが、実際同じ反物を買って、かたや全部に生地を使って着物に仕立て上げた人がいる一方、残った布をただの布切れとして納品される人では、同じお仕立て代を支払っているのに何だか不公平感があったりしますので、なんとか職人さんを探して、生徒さんのご要望を満たしてみました。ただ、、この職人さん二度と嫌だと言われていましたが。。

しかし、普通の縮緬などであれば、余った布での加工品、たくさんのバリエーションが出来るものです。
タンスの畳紙の中に眠っている残布、色々な加工が承れますので、一度相談してみませんか。
廉価で違った楽しみが出来ますよ!

また、冒頭のどうしてもこの短い着物が着たい という方には、例えばコートに作り直したり、胴回りに別の布を入れて延ばしたり(帯で隠れる部分に継布をします)と、完全にご自分の寸法 という訳にはいきませんが、色々なアレンジもご提案できます。一度悦文カルチャーにご相談をしてみてください。

編集部:この内容は前回のエントリーの続きです。まだ非常に長い文章ですので、その一部を編集部が割愛し、題名・内容を改訂、編集したものを掲載しています。

端裂 1

近頃の若いお嬢さま方は大きくなられました。いえ、体格についてのお話です。
お母さまやおばあさまから受け継いだ着物を着たい と思って下さる方もたくさん増えています。その時に気になるのが、お母さまやおばあさまとの身長の違いです。着物はその特性上、お端折り(おはしょり)という帯下に少し重なる部分を出して僅かな身長差を調整できる機能を持っています。そのお端折りの部分を上手に使えば、身丈の短さを工夫することも可能な便利な物ですが、あまりに違う身長差の場合、そのお端折りを持て余したり ←持て余す分は何とか誤魔化せなくもないですが・・ お端折りが出ないということもあります。
特に体格の良くなられた現代のお嬢様方は、貰った着物なんだけれど、着物が小さいケースが多いようです。

この場合、特に気になるのが身丈より肩裄きと呼ばれる、袖の長さが足りないのが深刻です。
手首どころか、七分丈? となるようなケースもあって、着物を練習するのであれば良いのですが、外には着ていけないというお悩みがあるようです。

きもの屋に持って行くと、肩と袖の合わせの部分を出来るだけ出して縫い直す、裄だしという作業を検討してくれますが、残念ながら合わせの出せる部分が殆どないというのが現状です。
確かに思い入れのある着物であれば、最大限の努力をきもの屋は惜しみませんが、生地が足りないものはどうしようもできないものです。袖部分は、違う生地を足して直すとすべて外から見えてしまいますので、どうしてもその着物を着たいという事になれば、腕を前で合わせて、手の長さを隠す方法くらいしかアドバイスできません。

反物の大きさは昔から殆ど変わっておらず、なかなか現代のサイズに対応できていない、この業界もどうかと思いますが、実際には反物幅を大きくしていくには機械の導入からCPUの調整まで、設備投資に費用が嵩み、今の業界では対応できるメーカーさんが限られてしまいます。新品の反物ですらそういった状況であれば、何をか言わん! という話になりますね。

しかし全ての人が大きいわけではありません。同じ幅、長さの反物で昔ながらの体型の人はどうなるのか。これは商品が出来た時に残布という形で、出来上がった着物と一緒に納品されていると思います。この残った布は殆どの皆さんが着物が入っ畳紙(たとうし)の中に着物と一緒に保管されたままではないでしょうか。

≪次回に続く≫編集部

編集部 今回の内容は非常に長いこともあり、来週のエントリーと2回に分けて掲載します。
この内容は以前、雑誌に記載されたものの一部を編集部が割愛し、編集・改訂し起題したものを掲載しています。

秋を連想する色(bebeya通信)

編集部より
着物の展示販売に当たっては、色々な事を想定して行います。
アイキャッチ と呼ばれる文字通りお客様の目を引くレイアウトや色。まずはそこを見てもらわなければなりません。
よね子さん9月のお迎え装い18-08-21

今回の「よね子」の着物は、実は衣桁(きもの屋さんでよく見る、着物を大きく広げた形で展示をしているときの特大の衣紋かけです)に掛けた時には、そのあまりの派手さにこれは・・・とダメ出しされたものです。目がチラチラするような錯覚に陥る派手さでした。ところがこれをbebeyaの先生が纏うように着物の形にしてみると、写真を見ても分かるように全然違和感が湧かない、また本来の目的でもある着姿も美しい !
スタッフとしては唖然としてしまいました。

やはり、きものの作家、デザイナーはこの立体像を思い浮かべながら配色するという、芸術肌の持ち主として、すごいものだね と感心してしまいました。

この着物、モデルさんが着用したというもので、確かに雑誌に載った時にも充分なアイキャッチ役を務めたのでしょうね。
今回はモデルさんが小さめだったので寸法も小さく細い仕立て上がりになっていますので、私ならOKという人が対象になりますが、2.000円という破格が付いています。
派手そうに見えて、とてもオシャレな単衣の着物、興味のある方はご連絡を!
因みに帯は、博多織のブランド名古屋帯で、20,000円。こちらは寸法など問わないものです。

悦文カルチャーでは、秋の生徒募集が各地で始まっています。お正月にきものを着てみようかな と頭によぎった人は是非、教室についてお問い合わせを。
ネット⇒ 悦文カルチャー

禅問答

人は些細な環境の変化で行動を大きく変えてしまう。

毎日のように訪れていた場所も、何かの理由で行かなくなるとそれはそれで何の不便も感じないものです。あれほどこの場所のこの店!この食べ物!と執着していたのに、本当に無縁。数年置いてその周辺を何かの拍子で見ることがあると、その変わりように驚いたりします。すべての事象を抽象的な表現でしか示せないのは、隔靴掻痒の感でなんとも訳の分からない言葉になってしまいますが、要するに行動範囲が変われば、重要なポイントも新たな範囲内で代替できるという事なのですね。

きもの姿から洋装に変わったところで、あれほど拘っていた帯のタレ先長さや紐の位置も毎日の洋装の前では全く気にならなくなる という、凄く遠回りした例と通じるというか伏線の回収になりました。

将に出発点の設置から、歩いて行く道なり、歩いて行く先、その時の感動まで を設定しないと、人は些細な環境の変化を意に返さないものなのだと、この業界での経験を、ある行動体験で思い知らされました。目標は身近に建て、その先にも置き、ずっと先にも設定し と道筋を建てないと人は動かないものです。そこには今までの経験と知識を加えてのアドバイスも必要で、最終的な目標をクリアした後には個人個人の道なき道を歩いていく覚悟も併せて提供していかねばなりません。道なき道を歩む というのは、その個人のモチベーションを保つところまでを含み、それら全てがアドバイザーの仕事と思っていますし、道なき道でも歩いていく先のある人はそれはそれで幸せです。道すらない人が殆どな訳ですから。

女性のオシャレという目標に何が必要か 当然きものを着る自分も含まなければ完成しないという意識を持ってくださることを切に願う次第です。


編集部:この内容は「ひとりで着られるキレイなきものの着方」の出版時に著者の対談インタビューの一節の一部を抜粋し掲載したものです。掲載誌(既に廃刊)との関係で起題も編集部が行いましたが、リクエストが数件あり、分かる人も多数おられることからその方面向けのエントリーとなりました。
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えつぶん

Author:えつぶん
悦文カルチャーを通して色々と見たもの、聞いたものを皆さんに報告するコラムです。

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